「十八歳の夜は、なんと孤独で、使うことのできない有り余った時間なのであろうか。」2/3
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携帯を開くと、「報道されない真実」と称されて、沖縄で米軍基地関連施設の建設に反対する住民達を制圧する機動隊による暴力の映像が流れてきた。運動をするお爺さんお婆さんたちは機動隊員に向かって「同じ沖縄県民だろう」と呼びかけるが、全国から招集されたマニュアル通りに動く機動隊員達はびくともしない。虚しくも数日程経てばこの人達も誰かの手によって変えられた日常に帰らざるを得ない瞬間を迎えることになるのだろう。僕にとってのそんな数日はあっという間に過ぎ、次の“便り”は、数秒も立たない内に人差し指で飛ばしてしまうのかもしれない。
4時10分になると、冷蔵庫から枝豆を手にして、剥き出しの階段に腰を掛けた。空一面に薄っすらと貼り付いている雲がオレンジ色になりかけた時、枝豆は既に中身のない空殻の状態となり、ベタベタになった僕の左手を、何週間も洗っていないパーカーの袖で拭いた。東側に立っているマンションの一室の明かりが消えるのが見えた。後ろを振り向けば、僕の隣居の部屋の明かりはまだ灯っていて、何も物音は聞こえなかった。
僕とその隣居の息子は同い年であったが、一度もまともに会話をしたことがなかった。特殊な臭いのするその隣居を避けるように僕はそそくさとエレベーターに乗り、一階へと向かうのである。
隣居の窓の隙間から、同い年の息子の様子が見えた。机の明かりを灯し、半年後に控えた受験のために教科書と会話をしている。
再び視点を空に戻すと、貼り付いた雲は灰色の混じった黄色に変わり、地平線は再び紅くなり始めていた。
ここで僕の一日を終えた。
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目を覚ましたらディスプレイは夜の十一時を指していた。
「十八歳の夜は、なんと孤独で、使うことのできない有り余った時間なのであろうか。」1
「十八歳の夜は、なんと孤独で、
使うことのできない有り余った
時間なのであろうか。」
星が薄っすら顔を出していた暗い空が、雲の下を通り過ぎていくようにオレンジ色に染まり、灰色と混じりながら徐々に青色に薄くなっていた。少し経つと太陽が昇るのを待つようにまたオレンジ色に染まっていく。地平線の少し上に見える色は空なのか、或いは雲なのか。そんなことを考えている間にも絶えず小鳥は誰かを呼び続けるように囀り、セミは東側に面した壁の上で静かにその時を待っている。僕はその鳥の名前を知らないし、セミの名前も知らない。それでも鳥の音は聞こえるし、セミの姿を認識することもできる。
天気予報では、今日の日の出は4時43分だと言う。十一階のマンションから見える景色は人間を包むように、或いは人間を隠して見えなくするように、地平線を既に支配していた。東側に面した共用エレベーターへと繋がる廊下から下の階に繋がる剥き出しの階段に腰を掛けて、一番遠くに見えるマンションの階数を数え、太陽がそれより高く昇る時間を予測しているうちに太陽は灰色のマンションの上から顔を出し、一番濃いオレンジ色で地を舐めるように染めていった。
いつものようにそのまま共用エレベーターに乗り、マンションから一番近い自動販売機に二百十円を挿れ、350mlの栄養ドリンクを一気に飲み干す。飲み終えた缶がゴミ箱に捨てられる音と名前の知らない鳥の声のみが聞こえる下町の、小さな道路の真ん中で東を眺める頃には、もうそこらのマンションのことなんて気にならないくらい高く上がった太陽が、白い肌の僕を照らす。中央分離帯の白線上を少し歩けば、数年前に開業した六百メートル超の“チンコタワー”が目に付く。チンコタワーの頂上から朝日を眺めたなら、どのような景色が見えただろうか。喉が渇いただとか適当な理由を付けて家に帰り、父親が買ってきたビールを冷蔵庫から2本ほど手に取って、壁を緑色に塗りつぶした部屋に戻ると、音を立てないように鍵を締めた。
やっと僕の一日が終わった。